御三家 紀州徳川家の居城だった和歌山城|和歌山県和歌山市

和歌山県和歌山市にある和歌山城に行ってまいりました。和歌山駅からは車で5,6分くらいの場所にあります。

西之丸庭園

まず訪問したのは西之丸庭園。こちらは無料で見学できます。

01西之丸庭園

西之丸庭園は江戸時代初期に作庭された池泉回遊式庭園。

02西之丸庭園

この庭は虎伏山(和歌山城がある山)の地形を利用しているそうです。

03西之丸庭園

まるで池に浮いているように見えるのは鳶魚閣(えんぎょかく)。また西之丸庭園は紅葉の名所でもあるそうです。

04紅松庵

御橋廊下

こちらは御橋廊下のそばにあった高燈籠。

05高燈籠

そしてこちらが御橋廊下です。

06御橋廊下

御橋廊下は城主と奥女中(付き人)が二の丸と西の丸を行き来するための橋。紀州徳川家の時代に造られました。橋は斜めに架かっており、これは非常に珍しいそうです。

07御橋廊下

殿様が通る橋のため外からは見えないように壁と屋根があります。まるで建物内の通路のようですね。さすがは御三家。2006年(平成18年)に復元されました。

08御橋廊下

江戸時代には御橋廊下がかかるこの石垣には多聞櫓(長屋造の櫓)が建っていたそうです。

09多門櫓の礎石列

また近くには穴蔵状の遺構が発見されています。詳しいことは分かっていませんが、何かを収納する施設だったようです。

10穴蔵状遺構

追廻門〜新裏坂から天守へ

和歌山城の天守へは多く分けて3つほどルートがあり、まずは新裏坂からの道を行ってみました。この切手門跡から本丸の石垣に沿って歩きます。ちなみに切手とは通行証のことで、ここは通行人の検問のような場所だったのでしょう。

11切手門跡

ここは山吹渓といわれるエリア。

12山吹渓

そしてこちらは鶴の渓といわれています。鶴の渓は砂の丸から二の丸へと通ずる道。浅野家が城主だった時代にここで鶴を飼っていたためこの名が付きました。

13鶴の渓

ここにはかつて鶴の門があったそうです。ちなみにですが切手門跡から鶴の門跡までは、別に通らなくても天守へ行くことができます。

14鶴の門跡

この赤い門は追廻門。砂の丸へと入る門で、大手門の反対側の搦手(裏手)に位置しています。高麗門という形式で、この外側に馬術の練習をする追廻があっためにこの名が付きました。

15追廻門

追廻門から右手に向かい砂の丸跡を通っていくと新裏坂があります。ここを登りきれば天守は目の前。

16新裏坂

岡口門から表坂

次は岡口門から入るルート。1585年(天正13年)、羽柴秀吉が弟・秀長に命じて築城した和歌山城。当時はこの岡口門が大手門でした。

17岡口門

現在の門は紀州徳川家時代の1621年(元和7年)に建てた二階建ての門。江戸時代から残る数少ない建物で、国の重要文化財に指定されています。

18岡口門

岡口門から入った先にある石垣は高石垣と呼ばれるそうです。

19高石垣

ここは岡中門跡。

20岡中門跡

こちらが表坂の登り口です。

21表坂登り口

階段はくねくねしていますが、スロープが設けてありました。

22表坂登り口

高石垣の上からの眺めです。

23

ここは七福の庭。

24七福の庭

七個の大きな石を七福神に見立てて配置してあるそうです。ここでは七福神が宝船に乗っている様子を表しています。

25七福の庭

七福の庭からは石垣沿いに真っすぐ進む。

26石垣

そしてこの階段を登っていけば天守です。

27石垣

大手門から裏坂

最後は最も一般的と思われる大手門からのルート。架かっている橋は一の橋です。

28一の橋と大手門

このお堀は北内堀。

29北内堀

ではこちらの大手門から城内へ。大手門はいわゆる正門で、当初は市之橋御門と呼ばれていました。1796年(寛政8年)に大手門、及び一の橋に改名。1909年(明治42年)に倒壊しましたが、1928年(昭和57年)に再建され、翌年の3月には一の橋も架けかえられました。

30大手門

大手門の先にある一中門跡。

31一中門跡

江戸時代の和歌山城の別名は「虎伏山竹垣城」といいました。和歌山城の建つ山が海上から見ると猛虎が伏しているように見えたため。この伏虎像はそれにちなんで1959年(昭和34年)に建てられ、現在は2代目です。

32伏虎像

この道を真っすぐ行くとさきほどの切手門跡へと続きます。

33二の丸跡

こちらは二の丸跡。紀州徳川家時代はもともと本丸御殿が山頂にありました。しかし手狭で不便だったため、二の丸に居館や政庁が置かれます。その当時の二の丸は藩の行事を行う表、藩主の住居である中奥、奥女中が生活する大奥に分かれていました。

34二の丸御殿跡

こちらが裏坂の入口です。

35裏坂入口

テレビの珍百景にも紹介された木の根っこ。人が石垣を登っているように見えます。

36珍百景の根っこ

そしてこちらが裏坂。

37裏坂

こんな風に曲がったりしています。敵の侵入を遅れさせるための工夫でしょう。

38裏坂

途中にあった銀明水と呼ばれる井戸。天守台のほうにある金明水とともに日常用水、または籠城時の非常用水でした。城内には約40ヶ所ほどの井戸があります。

39銀明水

さらに裏坂を登っていくといよいよ天守です。

40裏坂

天守

こちらが和歌山城の天守。浅野家がはじめに黒張りの天守を建造しましたが、1798年(寛政10年)に十代藩 主徳川治宝によって白壁の天守に改築されます。しかし1846年(弘化3年)に落雷によって焼失。御三家ということで特別に許可がおり、1850年(嘉永3年)にほぼ元のまま再建されます。昭和の時代まで現存しましたが残念ながら和歌山大空襲で焼失。1958年(昭和33年)に鉄筋コンクリートで再建されました。外観は再現してあります。

41天守

この楠門から天守へ。

42楠門

楠門を内側から見たところ。

43楠門

こちらは隅にあった櫓。

44櫓

そしてこちらが天守です。

45天守

向かって左手にある小天守内の様子。

46小天守

天守内には様々な展示がありました。甲冑はかっこいいですね。

47天守一階具足

こちらは駕籠。

48天守一階塗駕籠

徳川家の家紋、葵紋が入った長持ち。

49天守一階長持ち

葵紋が入った革製の陣羽織です。

50天守二階 葵紋革製陣羽織

黒漆塗りの鞍(あん、くら:馬の背中に置いて人が乗る道具)。金色の葵紋が入っています。

51天守二階 黒塗金蒔絵葵紋鞍

これは御菓子器といってお菓子を入れる箱。やはり葵紋が入っています。さすが御三家の城。

52天守二階 梨地葵紋金蒔絵四方御菓子器

こちらが最上階となる三階。

53天守三階

ここからは和歌山の街が一望できます。

54天守三階からの眺め

いい眺めでした。

55天守三階からの眺め

天守から下を見たところ。和歌山城の天守は連立式天守という形式。東側に大天守と小天守が建てられ、他に2つの櫓が渡櫓によって連結しています。姫路城松山城と並んで日本三大連立式平山城の一つです。

56天守三階からの眺め

復元された渡櫓の中。

56櫓

出口付近には虎の絵がありました。この時代の人は虎を実際に見たことがなかったので、伝聞などをもとに想像で描いています。そのため顔が猫に似ている場合もあり。この絵も猫に似てる気がしますね。

57虎の絵

初めは羽柴秀吉の命によって築城された和歌山城。その後は桑山家、浅野家、そして紀州徳川家とお城の主が変わります。主が変わりながらも近代まで現存した天守。戦争によって失われてしまったのは残念でなりませんね。

58天守

天守の一番のビュースポットはここ。北内堀から御橋廊下が見える位置がいいといわれています。天守と御橋廊下が1枚の写真におさまる。いいアングルではないでしょうか。

59天守

  • スポット名
    和歌山城
  • 料金
    大人 410円
  • 住所
    和歌山県3 和歌山城
  • 和歌山県3 和歌山城
  • 電話番号
    073-422-8979
  • 営業時間
    9:00〜17:30
  • 休業日
    12/29〜12/31
  • 駐車場
    有料駐車場が有

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