日本最古の学校!史跡足利学校|栃木県足利市
日本最古の学校
栃木県栃木市にある史跡足利学校に行ってまいりました。日本最古の学校といわれています。
学校とはいえ周りはお堀に囲まれていました。
足利学校とは
一説には奈良時代(710〜794年)に創設されたともいわれています。確実にその存在が認められるのは室町時代。当時衰退していた足利学校に、時の関東管領(室町幕府の役職)である上杉憲実が(現在は国宝指定の)書籍を寄進し、庠主(学長)を設け再興したころになります。1549年(天文18年)にはあのフランシスコ・ザビエルによって世界にも紹介されたそう。明治初期には建物のみで組織は存在せず、1872年(明治5年)には正式に廃校になりました。
学校内を散策
こちらの入徳門から学校内に入ります。現在の門は裏門をこの場所に移築したもの。扁額は1840年(天保11年)に掲げられたものだそうです。
この建物は霊験稲荷。江戸時代には多くの参拝者で賑わったそうです。またここの狐は、足利の町に異変が起こりそうな時には、危険を知らせ人々を守ったそう。そのため人々から大事にされたそうです。
こちらは学校門。1668年(寛文8年)に建てられたもので、足利学校のシンボルともいえます。ちなみにここから先は有料。受付をしてから入りましょう。
向かって左手にある旧遺蹟図書館。足利学校廃校後の1903年(明治36年)に開設され、書物を保管してきました。現在の建物は1914年(大正4年)のもので重要文化財に指定されています。
図書館のそばにある収蔵庫。典籍などを収容しています。典籍とは書物のこと。足利学校には昔の中国や朝鮮の本や、日本の古写本など約1万7千冊もあります。そのうち4種、77冊が国宝。8種98冊が重要文化財です。
収蔵庫のそばにあった歴代庠主(学長)のお墓。石塔は全部で17基あるそうです。
学校門からやや右手にある字降松(かなふりまつ)。七世庠主の九華和尚のころのこと。読めない字があったとき、学生が紙に書いてそれを松の枝につけておくと、和尚がふり仮名や注釈をつけてくれたそうです。そのことから字降松と呼ぶようになりました。
孔子廟の前にある杏壇門(きょうだんもん)。孔子が弟子たちに教えていた場所に杏の木が植えてあったことがその名の由来。1668年(寛文8年)の創建ですが、1892年(明治25年)の大火の飛び火で一部が消失。その後に再建されました。
こちらが孔子廟で、1668年(寛文8年)に江戸幕府4代将軍・徳川家綱の時に造営。
中国の明時代の聖廟を模してあるそうです。
正面に祀ってあるのは木造孔子坐像。1535年(天文4)に作られた物で、頭巾をかぶり儒服を着ているお姿は、行教像といわれます。日本最古の孔子の彫刻で、県指定文化財。
向かって右手には木造小野篁(おののたかむら)坐像。1746年(延享3年)に作られたもので市指定文化財です。小野篁(おののたかむら)は平安時代の公卿、歌人。学問に優れ野相公と呼ばれていて、足利学校の創設者という説もあるお方です。
敷地内の左手にあるのは不断梅。実が熟さないので冬まで枝に残っていて、実が絶えないことから不断梅と呼ばれています。ちなみに樹齢は100年超え。
方丈の南側に佇む南庭園。
築山泉水庭という形式で、発掘調査と江戸時代の絵図を元に復元されました。
南庭園の先にある裏門。学生や一般の人に使用されていました。
裏門の近くにある復元された菜園場。サエンバというそうです。江戸時代の絵図に残っており、大根、ごぼうなどの野菜、栗や柿などの果物、お茶や薬草などを栽培していました。
こちらは衆寮。いわゆる学生寮で、宝暦年間(1751〜1764年)のときの姿に復元してあります。
足利学校の再興に尽力した上杉憲実公の碑。
こちらは方丈や庫裏を横から見たところ。
この方丈や庫裏、書院などは宝暦年間(1751〜1764年)のときの姿に復元されたものです。
向かって左手が方丈。講義や学習、学校行事などが行われていました。
そして右手が庫裏。台所や食堂などがあります。
庫裏の前にあった宥座之器(ゆうざのき)。これは孔子の説いた「中庸」を教えるためのもの。傾いた器に少しずつ水をいれると、だんだんと水平になってきます。さらに水を入れると器が傾いて水がこぼれてしまう。ようは水の量がちょうどいいときだけ器は水平を保つのです。簡単にいえばこれが中庸とのこと。
この庫裏から中へ。
ここは台所ですね。
こちらは玄関です。
中国の偉い方々の木造が飾ってありました。
ここは方丈の玄関。現在ここからの出入りはできません。
こちらが方丈内の様子。
方丈は6部屋からなっていて、とても広いです。
方丈から見た南庭園。
こちらは仏壇の間です。
そしてそのお隣は尊牌室。江戸時代初代将軍・徳川家康公のご位牌があるそうです。
方丈の中にもあった宥座之器。
実は中庭もありました。
そしてこちらは北庭園。南庭園と同じ築山泉水庭ですが、北庭園のほうが格が高く、大きいそうです。江戸時代中期の姿の復元。
方丈内には国宝の典籍などの複製本が展示してありました。
こちらは庫裏の脇にある木小屋。薪木や農具、漬け物などが置いてあったそうです。
奥にある土蔵。書籍以外の大事な物を保管していました。
足利学校を見学すると入学証をもらえます。面白いですね。
足利学校は創設当初(そもそもいつかがはっきりしない)の建物は残ってないですが、元の建物が現存しないものは主に江戸時代の姿に復元してあります。当時の様子をしのぶことができました。
- スポット名史跡足利学校
- 料金(一般)420円(高校生)210円
- 住所栃木県足利市昌平町2338
- 栃木県足利市昌平町2338
- 電話番号0284-41-2655
- 営業時間(4月~9月)9:00~17:00(10月~3月)9:00~16:30
- 休業日第3月曜日(祝日、振替休日のときは翌日)
- 駐車場太平記館 観光駐車場利用可(無料)
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