稚内の街並みと防波堤ドーム|北海道稚内市

稚内市

日本最北端の自治体である稚内市。旭川市より北で最も大きな都市であり、日本最北ということで防衛上でも重要な拠点となっています。日本最北端の宗谷岬から樺太(カラフト)までは約43キロ。地名の由来はアイヌ語のヤムワッカナイで、冷たい水という意味だそうです。中心地は海の近くなので海産物も豊富。そして知る人ぞ知るチャーメンはソウルフードでもあります。

稚内中央商店街

稚内駅の近くにある稚内中央商店街。

商店街01

ロシア語で店名が書いてあるのが稚内らしいですね。

商店街02

国境の街という感じがします。

商店街04

実はドーナツ化現象が起こっているという稚内市。

商店街03

もともとはこの辺りが市の中心でした。しかし土地代が安かった郊外に大型店が進出。

商店街05

人も物もそちらに流れたしまったそうです。

商店街06

ここは商店街ではないですが、近くの繁華街のほうにあった文字。「ラーメンは北に来るほどうまい。」と書いてありました。ちなみにこの建物はラーメン屋さんではないです。昔はラーメン屋だったんでしょうか。なんでこんな事が書いてあるんでしょうね。

ラーメンは北に来るほどうまい

また中心から少し離れた団地には鹿が普通にたむろしてました。どうやらエサを食べに来たようです。

エゾシカ

稚内駅

日本最北端の駅、稚内駅。

稚内駅01

駅の前には日本最北端の線路がありました。駅内から延長してあるようです。

稚内駅02

実際の最北端の線路も駅の中から見ることができました。

稚内駅03

ここが最北端の始点であり終点でもあります。

稚内駅04

稚内駅に隣接している道の駅キタカラ。もちろん最北端の道の駅になります。

道の駅

防波堤ドーム

こちらの長い建物は防波堤ドーム。稚内観光の代表格といっても過言ではありません。

防波堤ドーム01

この防波堤ドームは戦前に稚内と樺太を結ぶ定期船の発着所として建造されたものです。1931年(昭和6年)に着工し1936年(昭和11年)に完成。

防波堤ドーム02

ちなみに当時の樺太は南半分が日本、北半分がロシアの領土でした。つまり当時は日本にも陸の国境があったんですね。

防波堤ドーム03

波が激しいため老朽化するのも早く、1978年(昭和53年)には改良工事が行われました。

防波堤ドーム04

この柱が古代ローマの柱廊に似ていることからドームと呼ばれるようになったそう。防波堤ドームというのは世界でも唯一の建物ということです。

防波堤ドーム05

防波堤ドームから見た日本海。水はきれいです。

防波堤ドームからの眺め

防波堤ドームの前にあった稚泊航路記念碑。稚内と利尻島の鴛泊港(おしどまりこう)を結ぶ航路が通ったときの記念碑でしょう。

稚泊航路記念碑

こちらはC55型という機関車の車輪。C55は稚内と樺太の定期連絡船への接続列車などで活躍しました。

C55

防波堤ドーム近くの岸壁。風も強くてちょっと荒れていました。

岸壁

近くに停泊していた稚内海上保安部の巡視船りしり。新型の巡視船ということです。確かに見た目も新しそうですね。

りしり

こちらはその近くに停泊していた巡視船ともうらです。

もとうら

海が近いため北海道の内陸部に比べれば温暖な気候ともいわれる稚内。私は今回7月下旬ごろに伺いましたが20度いかない日もあり肌寒いこともありました。さすが最北の街ですね。日本は小さな島国とかいわれますが、広いと思います。

  • スポット名
    北海道稚内市
  • 住所
    北海道稚内市中央3丁目6
  • 北海道稚内市中央3丁目6

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